投稿165:リンパ腫
| 最初気がついた症状は: 2003年9月末の深夜、緑色の水下痢をし、ぐったりして動かなくなりました。 当時、6歳・体重780g。(マーシャル・♀) 症状についてコメントがあれば 1ヶ月前から寝ていることが多くなり、心配で病院に行きました。(倒れる2週間前) その日の健康診断では体重も増えていて、触診・心音・尿検・検便、全て異常なしと言われていました。 でも今思えばその頃からリンパ腫に犯され始めていて、体重増加はリンパ腫のせいだったのだと思います。 どんな検査をしましたか: 翌日、脱水症状と言われ点滴をしたが容態は変わらず、その翌日、再度病院へ行きました。 精密検査になり、血液検査・バリウム検査・レントゲンを撮りました。 診断結果は: バリウム・レントゲンの結果、2時間経っても胃にバリウムがそっくり残っていた為、誤食or腫瘍による圧迫の可能性があるが、それ以上は開腹してみないとわからないとの診断を受け、即緊急手術。 結果、胃の上下に腫瘍発見。それぞれ胃に付着していない4分の3を除去。 病理検査の結果、「悪性リンパ腫」余命2・3ヶ月と診断。(消化器官型リンパ腫・ステージ4) 治療方法は: 「ステロイドのみ」or「ステロイド+抗がん剤使用」の治療選択で、後者を選びました。 抗がん剤プロトコールは「ウイスコンシン大学のプロトコール変法」をさらに娘用に変法しました。 毎日朝夜2回、ステロイドと下痢止めの内服と、通院にて抗がん剤投与でした。 使用した抗がん剤はビンクリスチン(商品名「オンコビン」)・リューケラン(商品名「ロイケリン」)・L−アスパラギナーゼ(商品名「ロイナーゼ」)です。 プロトコールから言うと、L−アスパラギナーゼ(注射)は最初の1回のみ、あとは4回中3回がビンクリスチン(注射)、1回がリューケラン(内服)を繰り返す感じの投与でした。 抗がん剤投与の前には必ず血液検査をして、白血球と赤血球の値を見て、投与する量を決めていました。 (娘の場合、0.03mg投与すると副作用で嗚咽が出たので、ほぼ毎回0.02mgのビンクリスチン投与でした。) また、本当なら「サイクロフォスファミド」と言う抗がん剤がプロトコールにありましたが、先生の経験上、リューケランの方が副作用が少ないとの事で、変更して投与しました。 その後の経緯は: 0.03mgのビンクリスチン投与以外は抗がん剤の副作用はありませんでした。 が、どの薬を使っても下痢止めの効果が全くなく、体重は一時666gまで落ち、食欲も回復しませんでした。 その後、12月にある薬を知人を通して知り、それから下痢も収まり、食欲もモリモリになり、寛解を迎えました。 効かなかった下痢止め:「エビオス」「ビオフェルミンR」「タンナルビン」「ケイ酸アルミニウム」「ロペミン」はどれを混ぜても効果なし。 効いた下痢止め:「アモキシシリン」(抗生剤)・「メトロニダゾール」(抗原虫剤)・「Digostive」・「タンニン酸アルブミン」の3種類混ぜ。 それでもリンパ腫の進行には勝てず、2004年2月末の深夜に容態が急変し、その6時間後、私のベッドの中で眠るように息を引き取りました。7歳と3ヶ月でした。 他の飼い主さんにアドバイスがあれば 5ヶ月の闘病生活、私には後悔は何一つありません。 病院がどれだけ柔軟な応対と誠心誠意を持って診てくれるかと言う事の重要性と、ただ病院に頼るばかりではなく、飼い主が勉強する事も必要だと感じました。 私の場合、病院には必ずノートを持参して、使用する薬は全て商品名まで聞きました。その他に家用ノートも用意し、家での様子を時間ごとにメモし、体重も毎日計りました。 通院のない日は先生に毎日の様子をメールで伝えていました。 これは知人から頂いた言葉ですが、「あの子たちは自分の生涯を楽しく、そして今自分に起こっている事をそのまま受け入れます。人間のように後ろ向きな気持ちになったりは決してしません。 なので決して悲しい顔は見せず、あの子達の生きようとする力、勇気、希望を捨てず、そばにいてあげて下さい。そうすればきっとたくさんの奇跡が起こるはずです。」の言葉を胸に、あの子との闘病生活を過ごしました。 そして、本当にたくさんの勇気と奇跡を見せてもらいました。 少しでもみなさんのお役に立てれば光栄です。 投稿: himetan様 |